Coming soon.

Finance class is very useful to think what is happening in the world. We r talking about Oil’s rise over $60- and what present China’s purpose is. According to our instructor, the stock market is reacted by the economy. Exactly! What’s going on and why? If I can answer such a question, I can predict the stock market and understand the economy. What can I look at? Internet is one way. In reality, I try to see the news once and more a day.

At the middle of today da instructor announced the assignment, like a project about trading. I must state how I trade products and what the result is. Fortunately, I have much time to achieve the project. I’m gonna ask James, my instructor, whenever I’m in trouble.

I visit a friend from high school who is studying abroad at Eugene, OR. He also is a Waseda University student. I’ll get there by Greyhound, like bus co., at 1:00pm on July 1st, Friday. Since I forgot that next Monday is holiday, I’ll be back in Portland on Sunday. Talking about him, he’ll finish studying abroad by this quarter. He started last September. He belonged to a soccer club in the high school and is playing it at University of Oregon, as he mentioned before.

I look forward to seeing him in a foreign country.

<訳文>
さて、人生の早稲田大学篇ということで、書きます。
高3の時に、総合選抜という制度を使って政治経済学部経済学科の内定をもらった。この制度は、簡単に言えば救済。高校3年間部活や課外活動、学院内活動を頑張っていた人が、自らの成果を高校側にアピールすることで、普段の学業成績をフォローしてくれるというもの。砕いて言うと、スポーツバカでも面接30分をクリアーすれば、当時の最難学科、政治学科進学できる。これも生徒1に対して先生が3。高校3年間過ごしてきて、多くの先生と顔見知りになる。面接官の誰かが、知り合いだったら吉。オレの場合は、最高のシチュエーションが待っていた。なんと部活の監督が、面接官だったw。案の定、もらった☆

ってことで2003(平成15)年4月1日に早稲田大学政治経済学部経済学科に入学した。大学生活の楽しさを左右する『サークル選び』が入学式当日から始まる。バスケのサークルに入りたかったオレは、学院の1つ上の先輩、添田さんがはいっている「ホワイトイノセンス」と出会う(→まぁ、後の話、リクともここで出会うのだが)。入ってみると、さらに驚いたことに、もう1つ上、実質2つ上の先輩、池田さん(←実は誕生日が全く一緒なんだよねw。すごい運命)も所属していた。この2人には共に面白い共通点があって、それは「2人ともオレとのシューティングパートナー」だったってこと。SPってのは、学院時代に、夏休みとか、試合前にシュート練習をする祭の、文字通りパートナー。基本的に、先輩と後輩でペアーが組まれ、一定の本数(←だいたい50本。夏休みとかは、2人で毎日1000本打っていた)を互いに打ち合う。そのサークルに入り、沢山の合宿、イベント、コンパに参加し、大好きになった。これが、USの大学との根本的に違う一面の一つだね。

大まかに大学生活の話をすると、4年間という決まった期間、いかに過ごすかはキミ次第。このことを胸に入れ、ずぅ~っと行動・活動してきた。学院3年間が一瞬に過ぎ去っていったので、集中してやること決めて、それに向けて自発的に動かないと、たとえ1年長いとしてもあっという間に過ぎてしまう。それで考えたのが、『留学』!!ホントにしたいと思っていた。英語がこれから必要なのは、自覚していたし、それよりも興味があった。だから目指した。親は、終始反対体勢だったね。ある先輩の存在も大きく、オレを後押しした。その人は、政治学科の2コ上の人で、水戸出身。オレが大学1年の時に、学年を問わない英語のクラスを履修したときに、すんげぇ~発言いっぱいしていた人。その人は、当時3年生で、その年が終わってすぐオーストラリア、アデレード大学へ留学をした。2004年2~11月までの留学で、オレがPSUへの留学を控えた頃に、帰国したチュンさん(本名、中野淳)にたまたま大学で出合った。クラスでしか会ったことがないのに、ホントにお兄さんみたいな存在で、やさしく接してくれた。チュンさんは、実質学年4年生を留学に費やしたので、帰国後すぐに就活が始まり、5年での卒業、という計画であった。チュンさんが、いなかったら留学への意欲が、揺らいでいたときに、ここまでたどり着けなかっただろう。つくづく人間の行動は、誰かの些細な後押しに左右されるということを思い知らされた。

2年生になって、留学へ向けた動きが始まった。定期的に勉強し必要なTOEFLを獲得し、早稲田大学へ願書を提出した。留学が決まったあと、沢山の必要書類があったのだが、早稲田側の説明不足で、何度も悩まされた。2004年12月3日の留学派遣学生内定発表から、年が明けて3月23日にフライトを向かえるまで、準備することが多すぎパンクすれすれだった。現金とか、学費とか、保険、航空券、単位の換算など、当時不安要素がいっぱいであった。どうにか留学生活を満喫しているのが物語っているように、何とかなっている。

これから大学卒業まで、やり残した事がないように沢山のことに挑戦して、学業を終えたいと思う。

最後に21歳を迎えるまで支えてくれた全ての人へ、ありがとう。
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  by tkpsu | 2005-06-29 20:43 | @Portland

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