カテゴリ:@Japan( 88 )

 

異様なOB訪問。。。

今夜、と云っても土曜日の4時から親父と仕事仲間お二方と一緒に食事をした。今日本当はS保ジャパンのセミナーがあったが、今週の月曜にも行ったし、ってことで当日キャンセル。まぁ、そのセミナーが13~15時で新宿で行われ、その食事が16時から渋谷だ。当然セミナー後に行けばいい話だが、スーツ姿ということが一番気にかかった。それが主因でキャンセルになったといてもウソではない。

今父は大阪に転勤になり、厳密には奈良支店で勤めているが、今週末は研修のため上京することになっていた。オレが小学校に上がる前に大阪から東京へ越してきて14年、途中単身赴任などを経て都心部での勤務が続いていた。大阪の実家、祖父のことも考慮し、定年前には実家に帰りたい想いがあったのだろう。オレの留学とあわせ、ついでに2個上の姉が新社会人として働き出すことも重なり、都合よく大阪での引越しに踏み切った。
↑ちょっと話が複雑になったが、要するにオレは今一人暮らしで、実家は大阪。この構図を頭に思い描いてもらえればOKです。

そんな父には、良き飲み仲間が2人いる。オレが高校、大学に入った頃から父の仕事の概要も掴めて来た。正直、小さい頃なんて朝起きたらも出勤していて、学校から帰ってきて就寝のころよりも遅くに帰ってきていたから、土日にしかまともに会う機会がなかったと思う。これは、一般的なサラリーマン家庭と共通することだろう。そんなわけで、オレの知る限りでは、最高の友だちは先の2人と理解している。

今夜の食事の話から、年次を推理してみた。父は「(昭和)51(年)がもうほとんどいないよ」というコメントから、52年入社だろう。早稲田卒の一人の方は、「ゴーゴー(55)」ってことで、昭和55年入社。慶応卒のあとの方は、早稲田の人に敬語を使っていたから、おそらく56年か57年入社といったところか。

考えてもみて欲しい。勤続年数20年を越える超ベテランの席にオレがひょっこり。その理由は、大きく2つあった(だろう)。一つは、就職活動の一環としての捉え方だ。イイ話が沢山聞けるだろうと思っていた。結果的には、まさにその通りだったが、なんせベテランなので着いていけない内容ばかりだったのは事実だが。それでも、この企業は●●、あそこは△△といった話は聞けた。

6時半ごろにそのお店を後にし、親父ら3人はハシゴしに向かい、子供はここでおさらば。
父の言葉が今回の食事の本当の主旨を物語っていた。
「お前ら(もちろん親友お二方のこと)と飲めることで、仕事の活気に繋がるんだよな」
オレも将来こんな年齢の垣根を越えた親友を何人も持ちたいものだ。
真にそう思い、願う。
[PR]

  by tkpsu | 2006-02-18 21:42 | @Japan

How hard to manage da team.

For da first time, I just wanna write weblog in English since come-back to Japan last December. U know what!? I'm concentrating on the job hunting shortly after finishing studying abroad. In fact, I visited 11 companies for 15 days last year. It was satisfying me very well. What I have to do rite now is just to keep finishing up Entry Sheets, which are for applying, having interviews, and getting hired.

It was time to discuss how to manage da team, B-Squad, last nite. Since I’ll be senior, I’ll be not able to be concerned w/ such a problem. Main managers are junior like of others circles. What I plan to do next year is just to take part in games and practices.

I need to finish up da job hunting a.s.a.p. After that I’ll enjoy the rest of school life. Moreover, I’m looking forward to seeing how well B-Squad improves this year.
[PR]

  by tkpsu | 2006-02-18 10:29 | @Japan

昨日の出来事。

昨日外資証券会社のSpring Jobのグループ面接のため、オフィス街で有名な大手町へ行って来た。就職活動では、大手町を含む東京駅周辺、新宿、有明、品川などに足を運ぶことが主だ。このオフィスへも、月曜日に筆記試験のために訪問しているため、迷うことはなかった。今日は初めて社内に入った。と云っても、応接ブースが20以上あるであろうフロアだけ。ビル自体で驚き、内装もその期待を裏切ることはなかった。

1222
そのブースの入り口につけられたプレート。12階の22ブースを意味している。社員は2人、学生はオレ含め3人のいわゆるグループ面接だった。一人は、慶応ボーイ、もうひとりはどこぞの院生だ。40分の短い面接時間の中で、聞かれた質問はわずかに2つ。

①「今日朝起きてからココに来るまでに見たものの中で、気になったもの、感じたものは何ですか。また、その社会的・経済的影響についても述べてください。あなたの意見で結構ですんで。」

②「あなたの弱みを3つお答えください」


これだけだ。

面接が終わった時に一人の社員さんが、もう一人の社員を見ながら、こんな言葉をこぼしていた。
「40分は短いよなぁ」
オレは静にうなずいた(うんうん)。
それでも、心にはどこか満足感があった。
そしてエレベーターに乗るまでの間に、社員さんに気軽に質問してみた。
「どちらに留学されてたんですか。」
「僕はミシガンの方に。」留学で認識が変わったと語ってくれたこの社員さんは答えた。
「僕は、オレゴン州ポートランドでした。NBAが・・・・」とちょっと盛り上がった。


こんな感じでよかったのだろうか。
結果はイイ方向に向くことを臨んでいるが、正直就活は「運」だと思っている。
その人に気に入られればすんなり行くし、嫌われればバッサリだ。
難しいなぁ、就活と思った1日だった。




最近mixiにどっぷりなんで、こっちのブログがご無沙汰でしたね。
I'm so sorry.
[PR]

  by tkpsu | 2006-01-27 01:55 | @Japan

怠惰な生活に喝!!

こんな生活リズムでは、この先明るい未来はない。深夜3時に就寝、昼に起床。大学での授業・試験がないこと、バイトをしていないこと、この次期企業のセミナーが少ないこと、などの要因が重なり合っている。言い訳にしか聞こえないかもしれない。そう、これは言い訳だ。

ただ、このことは大事なことでもある。今抱えている問題を明確にすることで、自分を奮い立たせようとしている。そうして今までやってきた。留学中も同じだ。英語のスキルアップに注力していた頃だって同じ。人間は弱い。同じ単調なことを延々やっていると、飽きやマンネリとなり続ける意志が薄れていく。人に云われると、やる気を起こすことが多いのに、自身で心を入れ替えようと努力しても、結果が伴わないことが多い。

これが現状である。だから出来るだけ多くの理由をもって自分を立ち直らせることがせめてもの方法である。

今学院バスケ部のアシスタントコーチとして、母校に足を運んでいる。
新人戦に敗退した彼ら。次の関東大会予選まで2ヶ月余りある。金巻と話し、コーチ陣として一貫しようと思っていることは、「理由付け」。
この練習は、試合中のこの動きのためにある、と練習前に云えば現役もやる気を見出せる。チームプレーの場合、マンネリを防ぐのは、個人の場合より簡単である。チーム全員が意思統一し、注意し合える関係にあれば、長期継続的にこの練習は意味を成してくる。

一挙一動理由付けていけば、今後の歩むべき道は拓けてくると確信している。
やるだけだ。
[PR]

  by tkpsu | 2006-01-16 14:07 | @Japan

決意新たに。

さて今年初の書き込みです。mixiをご存知の方は、色々ご存知でしょうが、ココではまた別の話をしよう。

最近、堂本剛さんの『ぼくの靴音』という本を読んでいる。彼が、6年間続けた連載の編集版だ。冒頭は、文章力に苦労しているように感じた(こんな素人一般人の意見なんで悪しからず)。でも、その誠意・個性・色・アツさは、文面以上に伝わってきた。彼自身も思っていることだが、音楽が好きで、恋愛に関してはとてもピュアで、後輩の面倒見がよくって、ちょっとネガティブな考えをしていまい、自分を奮い立たせようとする強い人である。

この本は、僕の胸をズッズッと、普段よりも深く、重く打った。沸きあがる思いをどこかで歯止めしていた自分に気づかされた。読み進めるほど、「そうだな」、「やるか!」と何度も心で叫んでいた。すごく元気の出る本に出逢えた。本、コラムの編集と云っても、今話題のブログ(これもそうなのですがw)のスタイルに似ている。堂本剛という人間が、見て、聴いて、感じて、演奏して、時には泪し、恋愛について語り合っていった事を隠すことなく、自由に描いている。そんな本って、理解されやすいよね。

この本を読んで、また気合が入った。


最後にこの考え方、気持ちの持ち方を紹介したい。
以前テレビである家族の生活がドキュメンタリーとして放送されていた。その一場面である。奥さんは、外国の両親を持つハーフ(多言語・多文化を持っている)の奥さんと、3人の子供の奮闘記を描いていた。そこで奥さんが、オリジナリティある提案を子供に掲げている。
waz ur Tomorrow(明日すること)?
waz ur Plan(近い将来の目標)?
waz ur Dream(将来の夢)?
これら3つの質問を、数週間おきに聞き、子供に今の自分は何をしなければならないのか、したいのか、ということを自覚させる。
明日することは、気楽に考えていい。僕の場合は、明日学院に行きバスケをして、帰宅したら新宿にでも行こうか、といった具合。Planはちょっと頭を悩ますかもしれないが、月間目標と考えればすんなりいく。テスト頑張る、とか、就活でOB訪問する、とか、カラダ動かす、とか。なんでもいい。その3姉兄弟の一番上のお姉ちゃんはDreamとして、「ケーキ屋さんになりたい」としていた。
これらの条件としては、「変わるのは当たり前である」ということ。将来の夢を追い続けることももちろん大切であるが、それに見切りをつけ、新しいゴールを定めることも労力を使う。その時その時のキモチ次第で変形していくだろう。

この番組以来、自分の今すべきこと、したいことを思うだけでなく、文面化することを心掛けている。今年も続けたいことの一つ。これら3つについては、後々言及していきます。

今日はこの辺で。最後までお付き合い有難うございます。
[PR]

  by tkpsu | 2006-01-07 02:01 | @Japan

*大晦日イヴ

大阪にいる。しかも家族揃ってここにいるのは何年ぶりだろう。以前にも書いたかもしれないが、6歳のころ、東京に引越し、人生の3分の2を過ごしている。当初いじめられた大阪弁も今では、ほらネ。

何が困るかって?それは、何処で何が手に入るのか、そこが何処なのか、ってこと。留学を始めた当時の不安や楽しみに似ているところかもしれない。結論としては、「自分で歩く」しかない。自分で発見、体感したものは意外と覚えているものだから。

今日、社会人1年目の姉と一緒に、梅田へ行った。目的は、ラーメンとセールの下見。
まず、ラーメンに関しては、美味しかったよ。ただ自分の歴代1位の「唐そば(渋谷)」を超えることは出来なかったが、良い線はいっていた。唐そばのPolicyが最大にして唯一の理由かもしれない。
「メニューがひとつ」
その店に来て食べるものは、ラーメンしかない。実際はそれに添えるおにぎり、ゆで卵はあるが、今回は無視。一つのもので勝負する商売人魂。好きだね。

話を戻そう。セールの下見と云っても、どんなショップがどの辺にあるのかという把握。東京でもお馴染みのUnited Arrows、SHIPS、ラグシー、ジャーナルなどはすぐに発見。その辺は、それほど希少価値を感じなかった。「イーマ」ってBldgでそれらは見つけた。
正直新宿の地下街以上に入り組んでいた印象。
ホント厄介だね、慣れてないと。。。。。
そんなこんなで、5日までの帰省期間、何処へ行こうか何の活路を見出せないまま今に至る。

ただ、上京して最初の買い物は、2つ目の【 スーツ 】であることは、決めている。
[PR]

  by tkpsu | 2005-12-30 19:08 | @Japan

*星

人には見えるものと見えないものが在る。と云っても、そこにものがないから見えないだとか、目を閉じるから見えないだとか、ではない。

在るのに見えないのだ。それはまるで、青空に輝いているはずの星たちのように。確実にそこには存在しているのに、愚かな人の眼では確認することが出来ない。

人にも、同じことが云える。離れて見るその人の容姿、外見が解っても、性格や声、夢、希望などは、声をかけてみないと解らない。そこに確かに存在している「らしさ」は、待っていては感じることが出来ない。だから人は、その星を見ようと、その人を知ろうと努力する。

何時でも星が見られる人でありたい。
望遠鏡なんて使わずにさっ。
[PR]

  by tkpsu | 2005-12-22 13:23 | @Japan

*競争という個性

僕は、人と比べることを使命だと思っている。物心つく前から、日本特有の競争社会の中でもがいていた。

小学校4年生の夏から塾に通いだした。目的は、当然、中学受験。クラスは、毎週末に行われる4科のテストに成績で決められる。1番上のクラスは、ホントに頭が良かった。筑駒、開成、麻布、武蔵、海城、駒東、早稲田、慶応などを目指す。僕はというと、その1つ下のクラス。やや競争力、実力は劣る。それでも若干10歳の少年は、夏休みを削ってまで頑張っていた。この生活が6年生まで続いたが、神様は僕を見放した。

中学受験に失敗した僕は、公立の中学校へ進学した。2年生の夏からまたあの生活リズム、独特の重い緊張感の走った授業、が僕の身を一気に削っていった。一番怖かった塾での授業は、3年生の時の「国語」。授業の構成は2つ。(1)現代文学の知識、慣用句、ことわざ、文法などの制覇。(2)文章題。(1)に関しては、一度ミスしたら次は二度と間違うことが出来ない。(2)に関しては、抜き出し、選択肢の分析の徹底なまでの理由付けをする。決められたルールが守られない、もしくは宿題を忘れると、親父以上に怒られる。今思えば、これが日本の典型的教育方法だったように思える。

今の自分の基礎を築いた高校時代。なしでは、今の自分はなかっただけに、本当にみんなに感謝している。高校では、中学以上に競争が激しかった。高校に通う生徒の出身は、東京だけではなく、千葉、埼玉、神奈川と範囲が一気に広がった。それだけではない。生徒の数が、倍以上!人学年600人の中で、自分の元だけにスポットライトが点されることだけを目指していた。他の誰よりも良い点数を、ということを念頭に置いた3年間のお陰で、政経に入れた。

競争好きなのは、裏を返せば、自分の弱さを見せたくない、認めたくないだけなのかもしれない。人よりも少しでも優位な立場にある自分に誇りを持っているし、これからもそうあり続けたい。今日友人に、こんなことを云った。「下を見たらキリがない」。上を見て、常に刺激を受ける日々を目指して、明日も駆け足で進んでいく。

そしてまたその次の日も。
[PR]

  by tkpsu | 2005-12-19 01:19 | @Japan

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE